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【校長メッセージ】2019年度 No,6

3学期 始業式 校長挨拶

新しい年2020年が明けました。そして、学年締めくくりの学期が始まりました。
みなさん、心の支度はできていますか。

さて、年末年始の私の経験を2つお話して、私自身の気づきについて伝えたいと思います。1つ目は、年末に平安女学院大学 国際観光学部のジェネリックスキルという講座の授業を、急遽頼まれてしまい、困りながらも行いました。内容は「価値観の形成が人生に与える影響がどのようなものか」というお話を、国際観光の学生向きに、私の外国訪問に絞って紹介しました。講義を頼まれた時は、準備のための時間をどうやり繰りするかを考えただけでも、こりゃ大変だぞ。面倒だぞ。いやだなあという思いが勝りました。それでもやるしかないので早速資料を集め準備にかかりました。講義を終えた結果は、新年を迎えるにあたり、何を大切にして行動しなければならないかの改めて考えるよいきっかけになりました。与えられた機会に、感謝しながら事に臨むことを大切にしなければと思うできごとでした。

2つ目のお話に入る前に、新年を迎えて、みなさんはどんな抱負を決めましたか。その抱負の中に、終業式でみなさんにお願いした、「あなたの力を誰かのために役立てる行動」を盛り込んでいただけたでしょうか。「盛り込んだよ」と言う人は是非教えてください。

2つ目のお話は「人のために自分の力を役立てる行動」の難しさを実感した年末年始のできごとです。それは、母の介護を24時間四六時中する経験でした。これまでも時間があれば帰省して、付き添いする介護は経験済みですが、それでは想像できない実態に向き合いました。在宅介護に携わる人々の苦悩は聞いていましたが、介護に疲れ果て、虐待や心中に至る心情が理解できていませんでした。また、大晦日も元旦も関係なく訪問看護していただいた看護師さん達の献身ぶりにも頭が下がりっぱなしでした。一方で介護を受け続ける母の姿にも心痛めながらも、私自身の弱さ、醜さにも向き合うことになりました。クリスチャンである母は、刻々と迫ってくる死の恐怖が受け止められず、その恐怖を昼夜問わずに神様に語り続けます。その言葉を聞きながら死の恐怖と信仰について考えさせられながらも、苛立ってしまう自分がいます。弱い人々に寄り添うための力不足を痛感させられました。限定された日数の介護でも、疲れた私は、時に発する母へのことばが、雑で優しさの欠片もないものとなり、自分で自分が情けなくなりました。ましてや母が「ごめんね」と言うたびに、私の心を見透かされているようで更に情けなさがこみ上げてきました。しかし、母が発する「ありがとう」のことばは、私に優しさを授けてくれる極上のプレゼントでした。連日睡眠もままならず、へとへとになる身体にエネルギーを与えてくれていました。「ありがとう」のことばの威力を改めて体中に感じることができた年末年始の経験です。

誰もが「人のために自分の力を役立てることができる人」になり続けるためには、誰もが「感謝」のことばを伝える力と、聞き取る力が大切だと思いました。

もしも、学校中に「ありがとう」のことばが溢れるようになったら、どんなに素敵なことでしょう。そんな学校をみなさんと共に作りたい。これが私の今年の抱負の1つです。
共に、新しい年の抱負に向かって心を尽くし、力を尽くせる3学期に致しましょう。

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